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語り始めから決して大団円に辿り着けないことが運命づけられたストーリー

本の情報

  • 作者:永野水貴
  • イラスト:とよた瑣織
  • 出版:TOブックス(2021/9/10)

あらすじ・主な登場人物

ひとたび向かえば決して戻れないとされている、瘴気に満ちた≪未明の地≫。ウィステリア・イレーネは瘴気に体制がある体質を活かして、謎の多いかの地の研究をしていた。

≪未明の地≫の瘴気濃度が高まれば、世界に様々な災厄が訪れるため、未婚の若い女性を「番人」として送り込むことにより「調節」を行っている。
今回、「番人」に選ばれたのは、ウィステリアの義妹・ロザリー。選ばれれば決して断れない役目であるはずだった。
だが、ウィステリアの初恋の男、ブライトは愛するロザリーの命を救うために、ウィステリアに番人の身代わりになるように告げる。

知らぬところで冤罪も押し付けられたウィステリアが≪未明の地≫に旅立って、23年。
ただ1人(+1本)で生きるウィステリアのところに突然訪れたのは、ブライトとロザリーの息子、ロイドだった。

感想

すいすい読めるストーリー展開。なのに重い

2023.9現在、小説は4巻まで刊行されているが、≪未明の地≫には相変わらずもって謎が多い。終着点も見えない。サルト(聖剣)はやかましい。そして、感情の名前を明確な形容詞で語られないまま進む、ウィステリアとロイドの関係性がもどかしい。

このシリーズは、瘴気を駆使して戦うウィステリアと生意気天才なロイドのカッコよさを堪能できる活劇でもあるけれど、4巻まで読み続けているのは、あまり読み返す気にもなれない最初のしんどいしんどい導入部が心に引っ掛かっているからだと思う。

どんなに彼らがお約束な裸ドッキリをかましても、楽しい三角関係(?)を繰り広げていても、ひとたび別のレイヤーを捲ると、陰鬱な感情があり、犠牲の上に成り立つ完璧な幸せがあり、罪がある。ということをこっちは知ってしまっているのだ。そんなわけで、いつか何だかんだとお人好しなウィステリアが許したとしても、こっちは許さねーからな、と最早何目線かもわからない怒りを腹に溜めたまま、物語を追い続けている。楽しい。

とはいえ、物語の随所に出てくる「ウィステリアを≪未明の地≫に追いやった男とその家族」周辺を読んでいると、これが単純な勧善懲悪に辿り着けない世界であることもわかってしまう。
ブライトとロザリーは"真実の愛"で結ばれた幸福な夫婦だが、相手の何もかもを有りのまま受け止めることは、決して博愛ではない。
無条件で抱き留めた腕から零れたすべてはベン図で言うならA∧Bの補集合で、決して受け入れられることはない。ウィステリアは23年前に世界から弾き出された異分子であって、どんなに彼らがウィステリアの不在に美しい苦悩を発露しようとも、居場所はないのだ。なぜなら、ウィステリアが戻った途端に、彼らの完璧な幸福は崩れてしまうから。

 

惹かれ合う必然性に満ちているのに、関係性が決まらないふたり

だが、今のウィステリアには、自ら望んで≪未明の地≫へやってきたロイドがいる。ロイドは"あのふたり"の息子だが、夫妻が守る美しい世界においては異分子ともいえる才能に溢れた人間だった。

ロイドとウィステリアの違いは、ロイドは自分で否定を受け入れて世界を飛び出し、ウィステリアは心を整理する間もなく世界を追い出されたことだ。
ロイドは、初めこそ先入観でウィステリアに対峙するけれども、すぐに彼女の人柄を見極め、「弟子」として≪未明の地≫に残るという選択をする。

弾かれたことに諦め、相棒のサルトに言われるがままに必死に生きてきただけのウィステリアの世界に否定を突きつけ、殺していた感情を言語化させる。何だかんだ決して諦めない男、ロイド。そんな男がよりにもよって何で甥なんだ(義理だけど)。何であの2人の息子なんだ(だから面白いんだけど)。

ロイドはウィステリアに激しい感情をぶつけることもあるが、決して彼女の人格を否定している訳ではない。常人には耐えられない年月を生き抜いてきた努力を尊敬し、尊厳を守り、報いたいという意思が見える。

 

いつか来る終着点は、きっとハッピーエンドではないが、不幸でもない(希望)

ところでずっと、主人公を「ウィステリア」と書き続けてきたが、ロイドとサルトは彼女を「イレーネ」と呼んでいる。そして4巻は何だかすんごい展開で終わっている。

いつかこのシリーズが最終巻を迎えるときに、ウィステリア・イレーネが何かしらの幸せを抱いているといいなと思う。けれど多分、読者の私はまだ割り切れない部分が残ったままになるんだろうとも思う。この世界を生きる全ての登場人物を正しく裁く"ざまぁ"パターンはたぶんないし、彼女が孤独に過ごさなければならなかった年月は還らない。でも彼女は一方的に虐げられているだけのヒロインではない

私はただ、ウィステリアの手に何が残り、彼らの関係にどういう名前が付くかを楽しみに待っている。

 


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